冷蔵庫の歌(4)
木製冷蔵庫の歌


一般的な木製冷蔵庫はどのようなものであったか。外観は現代の冷蔵庫とあまりかわらない。上下にわかれ、ドアも二つ。違うのは、上部には氷を入れ、ここの冷気が下部に下りてくるようになっている。また、上部の氷が溶けてくるので、排水の工夫がなされていた。といっても当時冷蔵庫が置かれたのは土間であったから、水はそのまま、土間に流されていたようである。


当時は木製冷蔵庫とは言わずに、「冷蔵庫」あるいは「氷箱」などと呼ばれていた。「木製冷蔵庫」という呼び名は、電気冷蔵庫ができてから便宜的に呼び分けられたものであろう。明治からの歌を探したのだが、なかなかに見つからない。唯一見つけられたのは、昭和13年の山口茂吉の歌である。


犬のため買ひし氷が二日経て冷蔵庫の中になほ残りけり

山口茂吉『赤土』(昭和16年刊)


ようやくに見つけた冷蔵庫の歌は、冷蔵庫が人間のためでなく犬のために使用されていたので、ちょっと例としては芳しくない思いもするが、興味深い歌である。

この歌の前には「氷の音きらひし犬があきらめし如く氷嚢あてて臥しをり」という歌もあり「犬のために買ひし氷」は氷嚢として使用されたことがわかる。犬は死んでしまったから、氷だけが残っているというのである。「なほ」というところの強調が悲嘆を率直に語っている。なお、木製冷蔵庫の中で氷が二日ももつというのも興味深い(この歌の季節は特定できないのだけど)。

この歌では冷蔵庫に氷を入れているようであるが、このように氷を保存する場所として冷蔵庫が使用されることも当時は多かったようである。木製冷蔵庫は概して現代の電気冷蔵庫のように大きなものではなく、しかも下部にしか物を入れられない。食肉や乳製品、それにビールなど、使用は限られていたのであった。


さて、先にも触れたけれど、木製冷蔵庫という名称は、電気冷蔵庫が出てきて以来のものである。現代の歌では「木製冷蔵庫」と言わなければわからない。

夜の路地に入りゆくときによぎりたり木製冷蔵庫あけたる匂ひ

花山多佳子『木香薔薇』(平成18年刊)


ここでは思い出として「木製冷蔵庫」が詠われている。「路地に入りゆく」という内側に入ってゆく行為と、「あけたる」と外側に扉をひらく行為とが折り重ねられて、思い出が単に「過る」ばかりでなしに、能動性をもって顕ちあらわれてくるような不思議な歌である。

花山多佳子は昭和23年生まれ。子供の時分にはまだ木製冷蔵庫が使われていた世代である。

電気冷蔵庫にも冷凍庫や殺菌による独特の臭いがあるが、木製冷蔵庫の「匂い」とはどんなものであったろうか。東郷雄二も木製冷蔵庫の思い出に触れた文章の中で「匂い」のことを言っていて印象深い。

昔の冷蔵庫は木製で内側に亜鉛板が張られており、いちばん上に氷を入れて冷やしていた。氷屋が玄関先を通りかかるのを呼び止めて氷を買う。氷屋は炎天下大きな鋸で氷を適当な大きさに切って売ってくれる。台所の木製の冷蔵庫は開けると独特の匂いがした。母が和服を着て割烹着姿だった時代の話である。
        (東郷雄二「今週の短歌」第78回「冷蔵庫の歌」(2004年11月第3週)より)


(挿画も著者)

09/07/15 up
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