短歌の「伝統」について、その3。
(『万葉集の発明』2001年2月:新曜社/3360円)
>「伝統」について独自な考えを持った哲学者にハンス=ゲオルク・ガダマーがいる。ガダマーの考えは、人は特定の伝統に帰属しており、その伝統がもたらす先入見によって、理解の可能性と理解の地平を限定しているというものである。
>そして、ガダマーにとっての「伝統」とは、過去の偉大なテクストの伝承のことである。そのような伝承において、偉大なテクストとの対話による衝撃が、「先入見を自覚・修正するとともに、過去を現在へと媒介し、より高い普遍性をもった共通の地平へと到達する。」(林文孝『事典 哲学の木』講談社刊)ガダマーはこれを地平の融合と言う。
>ガダマーの伝統は過去と現在の相互に働きかけるものであり、伝統は常に絶えることのない形成過程にあるものとされる。そして、伝統は未来に向けて創造的な形成を続けるのである。
>さて、林は、ガダマーの伝統の意味を批評的に押さえた上で、最後に次のように記している。
伝統は、それを見いだし受け継ごうとするわれわれの解釈を離れては存在しない。伝統は多かれ少なかれ捏造されるのだ。この意味で、伝統を語ることは現在の要求に従属している。むしろわれわれは、伝統とされずに消去される過去、伝統を切断の危機にさらす未来という、時間の他性に対してこそ敏感であるべきかもしれない。
>林にも品田と同様の伝統観が共有されている。ただ、林が紹介したガダマーの伝統観は、カノン自身の価値が問われているものである。それは、品田が行った構築主義的な実証と違い、読者が偉大なテクストを読むことで招来する「真理」との遭遇が含意されている。もちろん、その「真理」とは読者を離れた普遍的なものではない。あくまでも、読者の立場に付随したものである。
>品田は構築主義的な論証に基づき『万葉集』が近代の知識人たちによって、国民歌集として「発明」されたものであることを実証した。しかし、ガダマーの伝統観を品田の論証に対峙させると、次のようなことが見えてくるだろう。「伝統」はまさに近代によって創られたものかもしれないが、短歌の実作者である子規、左千夫、赤彦、茂吉らすぐれた歌人であり、『万葉集』の尊重者、享受者である彼らの「真理」こそ、個における「伝統」の意味として表象されるのではないか。彼らは近代における「伝統」の創造を意図して『万葉集』を尊重したのではなく、「過去を現在へと媒介し」、それぞれの短歌創作の「真理」を見出したのである。そこには、『万葉集』を利用して「伝統」を捏造しようとする意志や意図はなかったと思われる。
>しかし、彼らの行為がとれほど純粋なものであったとしても、結果的には『万葉集』の「伝統」の創造に寄与したことは確かである。実はそこにヘゲモニー※に無意識に加担していることの恐ろしさが隠されている。
>また、ガダマーが言う「伝統」とは、誰のどのような「伝統」なのか、簡単には答えられないアポリアが内包されているだろう。
>品田は第三章「民族の原郷―国民歌集の刷新と普及」の最後に次のように記している。
赤彦の万葉集尊重は最後まで矛盾と葛藤に満ちていた。彼は、自身の信奉する伝統が〈創られた伝統〉であることに気づかなかったばかりか、自身その「伝統」を創り変えようとしていることについてさえ、十分自覚的ではなかった。(中略)まだ存在しない代わりに太古から存在した団体、そういう団体の過去と将来を信じ、その団体の成員の感情生活の向上を自身の使命として引き受け、その使命を運動として展開しようとする道のりが、どうして平坦な道のりでありえたろう。赤彦の、そして赤彦を慕った人々の足跡に、不思議な感動を覚えるのは、たぶん私だけではなかろうと思う。
>短歌の「伝統」の問題を実作者としてどのように引き受けているのか、そのことに答えることは、まさに短歌を創ることの「現在性」を問うことでもあるだろう。
※ここで言うヘゲモニーとは、グラムシの理論をベースにしたルイ・アルチュセールが提唱したものである。アルチュセールは、「大衆の大半にとって日常の一部となり吹き込まれたものであることさえも意識されなくなる程度にまで支配階級のイデオロギー的諸原理を広めるのは、ISA(例えば、教育システム、芸術、そしてメディア)の役割である。」としている。(スチュアート・シム編『ポストモダン事典』松柏社刊。ISAとは、「国家のイデオロギー装置」のこと。)
08/02/04 up
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