有沢螢第3歌集『ありすの杜へ』読書会に
出席して思ったこと。


先日1月22日に有沢螢の第三歌集『ありすの杜へ』の読書会が麻布区民センターで行われた。私はミニレポーターとして参加したのだが、いくつか印象に残ったことがあったので書き留めておきたい。

短歌は良き読者を得ることで、創作者も気づくことのできないすぐれた広がりを獲得するものである。また、創作者の意図とは裏腹に、承認しがたい誤読に晒されることもある。短歌の「読み」の可能性は読者に委ねられているが、一般的には読者の能力と利害のコンテクストが歌の「読み」の方向性と限界を決定する。しかし、時に能力や利害のコンテクストを超えた「読み」が提示される瞬間があり、そこに「歌」との出逢いをより自然な形で感動へと導くものが生まれる。

有沢螢の第3歌集『ありすの杜へ』は、職場詠(教師の立場からの学校詠)から始まり、旅行詠、家族詠、相聞歌など、その素材は多岐に亘っている。私はその中で特に家族詠に注目したが、あまり印象に残らなかった職場詠の次の一首を、2人の歌人がすぐれた歌として挙げているのを聞いて、改めて短歌の鑑賞の難しさについて考えさせられた。


 退職の日にまつさきに捨つるべくキャンプ用軍手抽斗ひきだしにあり
「火屋みがく」


有沢の美的な感覚からは許すことのできない嫌悪の対象としてのキャンプ用軍手を、退職の日にまっ先に捨てるという行為。ここに有沢という歌人の人生、そして、存在感が凝縮されていると言われれば、そのように読めないことはない。また、このキャンプ用軍手は、有沢の教師としての生活における負の側面が、象徴的に託された存在であるのかも知れない。

私は自分の不確かな記憶でこれを書いているので、この歌をすぐれた歌として挙げた歌人が、どのように鑑賞したのかは正確には覚えていない。しかし、私なりにそのように読みながら、この歌の良さが少し見えて来たように思われた。ただ、それは有沢螢という歌人をある程度知っていることが前提としてあるように思われる。

短歌はその性格から、読み手の鑑賞力や裁量によって読みの幅が大きくぶれる。また、歌を読む前に、創作者が誰であるかを意識した鑑賞が行われるので、歌の読みの幅には利害関係も絡んでくる。しかし、読みの幅が広がり、その結果すぐれた鑑賞が行われるのであれば、誤読もまた許される場合もあるだろう。いや、誤読が内在するネガティブな意味が無化され、むしろ、すぐれた読みに転化する場合すらありえる。そもそも読みの正しさに関して、その生殺与奪を決定するものなど存在してはいない。

だが短歌が文学表現であるならば、作歌技術を超えた不変性を内在しているはずであり、その不変性をテクストから導き出し言葉を与える批評がなければ、文学としての短歌は早晩終焉を迎える。99%の技術と1%の固有の要素。この1%の要素が文学としての短歌を決定するものである。その要素に対する想像性豊かな批評がなされない限り、文学としての短歌の価値を問うことはできないだろう。自己を通して時代と切り結ぶ表現の本質は容易に見えやすいものではなく、技術的な側面に偏向した読みからはけっして見えては来ないものである。

有沢の歌集で私が最も注目したのは家族詠であった。認知症を病む母との生活、心を病み入院している弟や叔父など、この歌集における家族詠の内容は重く、そこに、救いを見出すことは困難である。しかし、有沢が目を背けることなく、自己の置かれている現実を詠うことで、他人には計り知ることのできない慰藉を、見出しているのではないかという想像を抱くことは可能である。

人は窮極的なところに追い詰められたときに言葉を失うのか、それとも、その先へと言葉を回復してゆくのか。有沢の家族詠は、表現に向かう勇気を私に与えてくれる。そのような力が内在されているように思われる。


 春立てばわが背子に添ふ病ひあり半黄泉なまよみの甲斐路越えて見舞はむ
「醜顔の蝶」
 醜顔の蝶飛びきたり耳もとに知つているよと囁くごとし
 生物学者になるを夢見し弟は展翅されをり白き小箱に
 小太りの薬剤師はかる導眠剤永遠と はの眠りにあと一グラム
「ありすの杜へ」
 啓蟄にわきいづるものよながいながい母への思慕に終止符をうつ
 花火咲き散りにしのちに隕ちてくる闇の重さに母と寄りそふ 「築地界隈II」
 托卵の雛のごとくにゐるべきにあらぬ小部屋に叔父は鎖さる 「郭公の巣」
 助けて姉さん最後の電話の叫びさへ忘れて母はテレビに見入る
 死者の指紋空にちりばめさりがての夏のゆふべに鰯雲見ゆ
   「ふたみ言交はせる別れ藤の花」
 広瀬直人の追悼句もて送られし棺するする炉に入りゆく
「藤の花房」


1首目は、枕詞の「半黄泉」の使い方が巧みである。また、「甲斐路越えて見舞はむ」は、自己を「蝶」と重ねて暗示的に表現している。2首目、3首目と共に、生物学者になるのを夢見たという弟を、「蝶」と関係づけて詠ったすぐれた歌である。

4首目は、入院中の母を詠ったもの。ブラック・ユーモアが感受されるとして、批評会でも話題になった一首。5首目は、母へのこれまでの思慕を精算して、新たな人生を歩みだそうと決意した思いを詠った歌である。上句の表現は一見常套的だが、この歌の場合には却って効果的ではないだろうか。6首目は、華やかな花火とその後の闇の深さが、人生を象徴しているようにも読める。認知症を病む母と、その母を介護する娘の暮らしに闇は重く垂れ込める。だがこの闇をもたらした花火は、紛れもなく人生の耀きと幸福を暗示し、闇の重さの中で娘は愛情深く母に寄り添う。この母と娘の姿は強く胸を打つものである。

7首目、8首目、9首目は、心を病む叔父を詠ったもの。ケン・キージーの原作で、後に映画化された 『カッコーの巣の上で』という映画のタイトルを効果的に歌の背景に使用している。認知症を病み、弟の最後の叫びさへ忘れてテレビに見入る母の姿を描写する作者の姿が胸に迫る。

最後の歌は、俳人の従姉への追悼歌である。詞書にした広瀬直人の句と歌との取り合わせが効果的な秀歌。

有沢は知識も技術も兼ね備えた歌人である。次に選出した歌は私が秀歌として選んだものだが、自己の内面を表現した歌を初め、旅行詠や、固有名を含む歌など、素材に合わせて実に巧みに表現している。


 さかしまに立てば薄き血ことごとく酢となりて落つ深夜のからだ 「催涙雨」
 手術後のからだのうろに幾百の螢たまごを産みつけなむや
 夏の日のひとつひとつを受け入れて金魚鉢膨張しつづけてゆく
   斎宮旧跡
 年に二度榊たむけるためだけに流離されたる女人のからだ
「無人駅」
 死後の景にフラフープ見えかたちなき身体しばりて回転つづく 「いんへるの」
 とめどなく雲わき御陵にさす影に埴輪の口のはつかな湿り 「地獄極楽小路」
   春日井建全集を読み
 炎天とわれを隔つる大玻璃戸つばくらめの尾をかすかに映す
「コクトー祭」
 サティ弾く白きゆびさきつとのびてピアノの上の蟻をつぶせり 「蟇蛙」
 まるまると尻割れズボンよりこぼれたる白桃ふたつ小川に映る 「不機嫌な皇帝」
 重湯より再開をする食事とふ儀式いささか肉慾に似る 「断食道場」
 をりをりに魚とびはねる音もしてわが胸うちの冥き泉は 「パンデミック」


私はこれらの歌の中で、特に自己の内面を表象した身体性にもとづく歌に興味を持つ。しかし、「サティ」の歌の工夫などにも心奪われる。「サティ」の歌は、音符を蟻と見立てたものだろう。サティの曲を聴いたことがある人には、この歌の世界が曲と共にさらに広がってゆくのではないか。想像力をかき立てられる刺激的な歌である。また、「白桃ふたつ」の歌も私の好きな歌で、旅行中の何げない情景が見事に描写されている。

私が選んだ歌の中の番外歌篇として、以下の歌も面白く読んだので紹介しておきたい。


   窪田章一郎の墓
 君の顔のやうにデモーニッシュな歌詠めと囁きし師の墓に詣でつ
「秋霖」
 フライドチキンゆるりと食みて舌先に子鳥の骨を転がす花夜 「花夜」
 墜死せし詩人の行方さがしをりなべて男は墜落詩人 「ろくでなしの恋人」
 食断てば一本の管となりゆく身その一本を清めつづけて 「断食道場」
 濃口の醬油の闇に白き身をつかのまひらく鯉の洗ひは
 ぶかぶかのからだのなかによれよれのこころからからけふも働く
「エウリディーチェ」
 ほのしろき陶器の壺の中にゐて反乱の日を待つ少女たち 「バタフライクリップ」


有沢螢の歌を読みながら、短歌を読むことの「原点」を味わった読書会であった。



12/02/02 up
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